2006年08月20日

東京都北区岩渕

葛西氏の鎌倉における屋敷は、現在でも葛西ガ谷と呼ばれ、鎌倉の東側に位置している。おそらく奥州の所領は代官に任せていたのであろう。葛西氏の代官として文書に見える人物に「青戸二郎重茂」「二江入道承信」がある。「青戸(葛飾区青戸)」「二江(江戸川区二之江町)」はいずれも葛西庄内の地名である事から、葛西庄内の郎従を雄々奥州へ派遣して支配していたと考えられる。奥州葛西氏の重臣として見える「岩淵氏」についても葛西庄の北方にある「岩淵(北区岩淵)」の在地豪族(下川辺氏流)であったと考えられる。実際に葛西氏当主と奥州のかかわりが見られるようになるのは、約半世紀後の「葛西経蓮」からである。
posted by Butthyi at 20:48| Comment(0) | TrackBack(1) | 地名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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