2006年08月30日

岩渕地搗き唄(小松市)

石川県小松市にこんな民謡がありました。
題名に岩渕と付いていますが、歌詞には残念ながらありませんでした。
それでも、岩渕と付いているだけで、なぜかうれしいですね。
全く知らない歌なのに、懐かしさまで覚えます。


岩渕地搗き唄(小松市)



1 お前どこ行く 粟二升下げて 生まれ在所へ 種まきに

  (アーエントコ エントコ((以下はやしことば略)

2 あんまござる日は 朝からわかる 東窓から後光がさす

3 大事大事は どこでもあれどここは大事な 主柱

4 お酒飲む人 皆神様よ お酒上がらぬ 神はない

5 爺様好きなは そりゃなんじゃいな 大杉煙草に 鶴来酒

6 婆様好きなは そりゃなんじゃいな 濃茶念仏 寺参り



◆戦後まで、小松地方の土手の地固め、建前の基礎固めのときに唄った作業唄である。音頭とりを中心に大勢で掛け合いの唄であった。作業の統一と作業の辛さを紛らす合理的な方法の一つであった。昭和58年、発表。岩渕とは地名。

こんな替え唄もある。「婆様好きなは そりゃなんじゃいな 若いあんさの ・・・・・」
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2006年08月20日

東京都北区岩渕

葛西氏の鎌倉における屋敷は、現在でも葛西ガ谷と呼ばれ、鎌倉の東側に位置している。おそらく奥州の所領は代官に任せていたのであろう。葛西氏の代官として文書に見える人物に「青戸二郎重茂」「二江入道承信」がある。「青戸(葛飾区青戸)」「二江(江戸川区二之江町)」はいずれも葛西庄内の地名である事から、葛西庄内の郎従を雄々奥州へ派遣して支配していたと考えられる。奥州葛西氏の重臣として見える「岩淵氏」についても葛西庄の北方にある「岩淵(北区岩淵)」の在地豪族(下川辺氏流)であったと考えられる。実際に葛西氏当主と奥州のかかわりが見られるようになるのは、約半世紀後の「葛西経蓮」からである。
posted by Butthyi at 20:48| Comment(0) | TrackBack(1) | 地名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

庵原郡富士川町岩渕

小学生のころ、社会科の授業で日本の地図を眺めていて、東海道線の駅名に岩渕を発見しました。
とてもうれしかったことを思い出します。
学生のころ、各駅停車の東海道線の列車に揺られて、清水駅に向かっていました。
そのころは、もう岩渕の駅はありませんでした。岩渕駅は、富士川駅に変わっていました。
列車が富士川駅に停車すると、駅前のパチンコホールが目に留まりました。
なんと、パチンコ屋の名前は岩渕ホールでした。今もそのホールが残っているのか分かりません。
駅名はなくなりましたが、岩渕という地名は残っています。平成の大合併で、次々と古い地名がなくなってきていますので、なんとなくほっとしました。静岡県庵原郡富士川町岩渕という地名です。この地が岩渕の姓と繋がりがあるのか、因果関係があるのか、無いのか、どなたか知りませんか。
posted by Butthyi at 23:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 地名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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